「風呂に入りたい」
霊障にあい頭痛がしてるのに、ふらふらして襖の桟に頭をぶつけて、その上悪霊に襲われたくせに、俺の担任、千晶はそうのたまった。
さっきヒーリングして、半分くらいは復活してきてはいるんだろうが、まだ体は参っているはずなのに、まったく何を言い出すのやら。
「はあ? 何言ってんだ、フラフラのくせに。ってか、俺もフラフラだし」
千晶をヒーリングしたせいで、千晶を支えるので精一杯の俺。そんな俺に支えられてやっと歩いているくせに、こんな汗だくで寝たくねーだのと言う。
「何? ソレって俺に、風呂入るの手伝えってことか?」
「そーだよ。面倒見てよ、ダーリン」
せき込みながらよく言うよ。
結局俺は、医務室への進路を教員室へ変更することとなった。風呂は冗談にしろ、教員室のほうが近いし、汗だくなシャツは着替えたほうがいいのは確かだしな。
俺はそのくらいの気持ちで部屋へ入った。
部屋は空っぽ。まぁ、教師たちは見回りだの、広間だのロビーだので見張りをしたりしなくちゃならないから、戻ってないのも道理なんだけどな。
千晶を座らせ、せめて体だけでも拭いてやるかと、タオルを探す。どうせ着替えるなら、さっぱりしたほうが気持ちいいもんな。
俺がきょろきょろしてると、千晶がおもむろにジャージのすそを引っ張った。
「何してんだ?」
「タオル探してんだよ。体拭きたいだろ?」
「風呂に入りたい」
「本当に入る気かよ!」
「入る」
きっぱり言い切る千晶。俺は諦めて、風呂場へ向かった。教員用の部屋には内風呂がついている。それほど広くないが、一人で入るには窮屈じゃないサイズ。リゾートホテルってこんなもんなんだな。
俺は湯口をひねって湯をためた。ドドドッと勢いよく出てくる湯のおかげで、風呂場が湯気で湿度を増し、暖かくなってきた。
部屋へ戻ると、千晶がコタツに突っ伏していた。
「お疲れか……、布団敷いてやるから、もう寝たら?」
「布団は敷いてほしいが、風呂は入る」
「はいはい……今入れてるよ」
意地になってる千晶はそのままほおっておいて、俺は押入れから布団を引っ張り出した。
体がだるくて、たいした重さじゃないはずの敷布団が、体育マットのように重く感じる。シーツをぴんと伸ばして、枕、布団をかぶせればいっちょ上がりだ。
次に俺は千晶のかばんをコタツの横に持っていってやった。
「きがえ出しとけよ」
「んー」
半分寝ているような声だったが、ごそごそとかばんをあさりだしたので、俺は風呂場へ戻った。
湯はもう半分までたまってきている。手を突っ込んで温度を測ってみると、やや熱い。よれよれの千晶のことを考えて、少し水を足すことにした。
桶と椅子をシャワー前に出してから、俺は部屋に顔を出した。
「千晶、もうそろそろ入れそうだけど」
「おー。手貸してくれ」
千晶が手を差し出すので、俺はそれを握って千晶を引っ張りあげた。
「ほらよ」
「サンキュ」
立ち上がった千晶はまだふらついている。
「こんなんで、風呂入れんのかよ」
「なんだよ、入れてくれねーのか」
「は? マジでそれ言ってんの? あんたどれだけ手がかかるんだよ」
とりあえず脱衣所まで千晶を連れて行く。壁に寄りかかりながらも千晶は自分で服を脱ぎだした。そして、脱いだ服をそのままポイッと足元に脱ぎ捨てる。
おいおい、クリより始末悪くないか?
俺は仕方なく千晶の服を拾ってかごに入れてやる。千晶って、普段大人で何でもできそうな兄貴っぽいヤツだと思ってたけど、本当はめちゃくちゃ手のかかるやつなのかもな。
そんなことを考えていたら、後ろからずっしり千晶がのしかかってきた。しかも裸で。
「うっわっ!」
「こ~ら~。なんでまだ服着てんだよ」
「マジ中まで入れってか? 勘弁してくれよ!」
「んだよ、付き合えよ」
千晶に羽交い絞めにされる俺。担任に一緒に風呂に入れって脅迫される生徒って、きっと俺くらいなモンだろう。
「く、苦しい。……わかった、わかりました。一緒に入るから」
やっと離れた千晶を先に風呂場へ押し込んで、俺はしぶしぶ服を脱いだ。
こんなことになるなら、俺も着替え持ってくればよかったか? いや、そんな体力今の俺には無いか。
風呂場に入ると、千晶が体を洗っている最中だった。
「……やっぱ男二人には狭いって。この風呂」
「やっと来たか、ちょっと背中こすってくれ」
アワアワの垢すりを手渡され、俺は一つため息をついた。
「しかたねぇな。ココまできたら面倒見てやるけどよ。こんな状況田代たちに知られた日にゃ笑えないぜ」
「ははは、そうだな」
「だから笑えないって」
俺は千晶の背後に周りしゃがんだ。人の背中を流すのは初めてじゃない。クリやアパートの住人のみんな、長谷なんかも一緒に風呂に入ると、流しっこしたりすることがあるからだ。
だから、俺はいつものように垢すりのタオルを千晶の背中に押し付けた。その時、肩の下の辺りに傷跡を見つけた。よく見てみると、ここも、そこも。背中だけじゃない、腕にも足にも手術の跡みたいな傷だったり、裂傷の跡だったりが散らばっている。まさに満身創痍。
「おい、どうした?」
気がつくと、千晶がこちらを振り返っていた。
「いや、なんでもない。ホラ、前向いてろよ」
龍さんよりは広くて、画家よりは狭い背中。古本屋の背中も傷が多い方だけど、千晶の傷の多さの方が上を行くかもしれない。
何をすれば、こんなに傷ができるんだろう。
古本屋や龍さんなら職業柄納得ができる。画家も、まぁ、若い頃ヤンチャやってたし、今も時たまやってるみたいだからわからなくも無い。でも、千晶は一教師だ。
教師になる前の傷なのかもしれないが、それならそれで、何があってこんな体になったのだろうか。
そういや、この旅行に来てから既に、霊障で頭痛、雪と瓦が落ちてきて額に裂傷、階段で肩を痛めている。もっとさかのぼれば、千晶がウチの学校に来てまもなく、女生徒にカッターで切りつけられたこともあったんだっけ。幸い俺がすぐに気がついて霊薬があったからよかったものの……、もし発見したのがプチをもつ俺じゃ無かったら、千晶は確実に……。
俺はゾクリと背中に震えが走った。もしかしたら、千晶はそんな生死のギリギリのところを歩いてきたのかもしれない。
泡で隠れた背中の傷。俺は腕でその泡を払って、一番目立つ傷に手の広を当てた。俺の力じゃ治しようがない傷だけど、少しでも薄くなればいいのにと思う。
「稲葉?」
千晶に声をかけられ我に返った。
「あ、何?」
「何って、何してんだ人の背中で?」
「えっ、あっ、えっと……」
ヒーリングでも無いし、古傷のことを聞くのも、ちょっとタイミングをずらしているし、俺は返す言葉が見つからなくてあたふたした。すると、両腕泡だらけになった俺を見て千晶は笑った。
「なんだ、体使って、洗ってくれるのか? まさか稲葉がソープの真似事してくれるとは思わなかったぜ」
「ばっ、バッカ。何変なこと言ってんだよ!」
でも、千晶の笑顔を見て俺は少しほっとした。大丈夫。この傷を乗り越えてくるだけの、強運を千晶はもってるってことなんだよな。風呂に付き合ってやるような生徒を持つこともできたわけだし。こうやって笑えるんだ。うん。
「じゃぁ、次、お前を洗ってやるよ」
泡を流して、千晶が垢すりに石鹸をこすり付けた。
「え、いいよ。俺自分でできるし。あんたフラフラしてるし」
「そうだよ。フラフラなんだから、おとなしく洗われろよ」
「…………」
結局俺は千晶に背を向けて座った。いや、なんかもうどうでもよくなったというかね。修行のはじめのときに、明さんに姫抱っこされて丸洗いされたことを思い出せば、意地張るような事でもないなって思えてきたんだよな。
「稲葉、お前結構きれいな筋肉のつき方してるな、細いけど」
「細いけど、は余計だよ」
「そりゃ失敬。あ、ほくろ発見」
背中を擦っていた手が止まり、背中の一点をそっと指先がさする。なんかそうやって触られるとむずがゆい。
「あ、ここも。ちょうど肩甲骨の下……」
解説しながらするすると指を動かす千晶。
「わっ、ちょっとそれやめっ……んっ」
自分の口から漏れた声に思わずカッとなる。な、なんだ最後の鼻にかかった声は!
「稲葉……、お前声エロイな」
真顔で言われて、俺はさらに赤くなった。
「あんたが変な触り方するからだろうが! くすぐったいんだよ!」
「あぁ、こうゆう触り方が?」
背中を千晶の一本指がすすすっとなぞっていった。とたん、俺の背中はザワザワっと震えが起こって……。
「~~~っ、ちーあーきー」
「ははっ、わかったわかった。もうしないって」
俺は垢すりを取り返し、千晶は強制的に湯船に付けて、ようやく広くなった洗い場で体を洗った。
からかわれたせいで、余計な体力消耗しちまったぜ。
「稲葉、髪の毛に泡ついてるぞ」
「え?」
言われて備え付けの鏡をのぞいてみると、耳の上のとこらあたりにでっかい泡の塊が乗っていた。めんどくさいから、そのまま頭も洗っちまえ。
俺がシャンプーを終えると、千晶が湯船の中で壁にもたれながらこちらを見ていた。
「なんだよ」
「いいな~と思って」
「な……なにが?」
「シャンプー。気持ちよさそうだ」
うっ……やっぱり。視線でなんとなくそんな気はしたんだけどさ。
「じゃぁ、自分で洗えば?」
「洗ってくれないのか?」
「…………」
一分後、俺は千晶の頭を洗っていた。甘えてくる千晶には有無を言わせないものがある。歌ってるとき半端無いオーラ出してるのとはまた違った、何か別の力が発動しているのかもしれない。
「お客さーん、お痒いところはございませんか~」
「んー、気持ちいい。お前上手だなー」
「そりゃぁようござんした」
いつもクリの頭を洗ってやってるから、実は慣れっこなんだよな、こうゆうの。
洗い流し終わった千晶をまた湯船につけると、今度は眠いと言い出し、狭いって言う俺の反対を押し切って、千晶は俺を湯船に引き込んだ。
湯があふれて、いっそう湯気の立つバスルーム。俺は千晶を背にするようにして、ひざを抱えて湯に浸かった。ちょうど肩口のところに千晶の頭が乗っかる。
「ったく、人を枕代わりにしやがって……」
でも、浸かった湯船は窮屈ながらも気持ちがよくて、俺は無意識のうちにホッとため息が漏れていた。じんわりあったまってくる体。やっぱり、お風呂って気持ちいいよな。なんだかこっちまで眠くなってくる。午前中ゲレンデに出て、午後は千晶の見張りして、悪霊と戦って、ヒーリングして。めまぐるしい一日だったぜ。まだ終わってないけど。
そろそろ本気で睡魔が襲ってきそうになり、俺は千晶を起こして風呂を上がった。
さっさと着替えて千晶の着替えを手伝う。湯に浸かったせいで、一段と千晶の反応が鈍くなってきた。
「ほら、千晶雫垂れてる」
「んー」
バスタオルでよく髪の毛の水気を取ってやり、肩にタオルをかけてコタツに座らせる。風呂場では俺をからかう余裕すらあったのに、もう「んー」とか「うん」くらいしか言わない。
千晶が昼間買ってきていたおにぎりを食べさせ、ペットボトルのお茶をグラスについでやる。もそもそおにぎりを食っている千晶の胸辺りをよく見てみると、黒いダメージの靄が、またすこし大きくなっている。
あぁ、風呂なんか入るからだよ。
でも、食べ終わった千晶は人心地ついたのか、一度大きく伸びをすると、へにゃんとコタツに突っ伏し、幸せそうなため息をついた。
「サンキュー、ダーリン」
ゴロンとこちらのほうへ顔を向けて千晶は言う。
「……どういたしまして、ハニー」
最後、俺は半分脱力した千晶を布団まで連れていき、満足そうに目を閉じるのを確認して脱力した。
「あ~~~……。ここまで来て、クリの世話をしてるみたいだったぜ。あんたって、クリ並みに手がかかるよ」
俺もココでひっくり返って眠っちまいたいけど、俺にはまだやることがある。秋音ちゃんに事の顛末を話して、もう千晶が悪霊に襲われるような事が無いか、俺たちの部屋に悪霊が出ないか確認してからじゃないと安心できない。
千晶の額にこのあいだの傷がまだ少し残っている。そっと触れて、この傷が早く治るように、そして跡が残らないように気を込める。もちろん治すことはできない。わかってる。それでもやらずにはいられなかった。
そして、俺は俺にできることのために残る体力を使うことにする。机にある千晶の携帯でアパートへダイヤルした。
「ケータイ借りるぜ、先生」
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はい。お待ちかねのお風呂話です。
行間にはどれだけのドラマが詰まっていることか・・・(笑)
次は千晶視点です。
それで小説部分終了。
ラストは間間にあった4コマ画像をまとめてアップ予定。
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COMMENT
No Title
私は2月ぐらいから妖怪アパートにはまりましてそこから図書館で10冊借りて、つい最近読み終わりました。
一番好きなのはやっぱり千晶×稲葉ですかね。
もうにやにやしながら読んでます。
6巻の修学旅行も好きですが10巻のクライマックスも好きなんでそっちの話も読んでみたいなと思っちゃったりしちゃいました。厚かましくすいません(汗)
更新楽しみに待ってます。
kaedeさん
楽しんでいただけたようで、嬉しいです。
ニヤニヤしちゃってください!
10巻ネタをリクエストですか?
10巻は割と長谷よりな巻なので、千晶×夕士を書くなら
旅先での話になるかなぁ……と思います。
多分、みなさんが妄想していると思いますが
夏休みにバカンスといいわけしつつ夕士の滞在先へ遊びに行く千晶。
そんな話になるかと……(苦笑)
あ、でもロン毛夕士の髪を切ってあげる千晶っての書きたいな(笑)
そんな話でよければ、いずれチャレンジしたいと思います。
更新頑張りますね!
byあみや都