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都庵

現在は「妖怪アパートの幽雅な日常」「The MANZAI」の女性向け二次創作等の物置。オフラインの自家通販もやってます。

   

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貴史と歩のよくある日常

以前コピー本で出したものです。

一番初めに書いたやつをそのまま貼り付け。
ちょっと長いですが、まだここ読み物少ないからいいかな?(苦笑)
MANZAIは基本的に秋本×歩です。
まぁ、中学生なので妖怪アパートよりはポップで青春してる感じに。
ラブ度はもしかしたらこっちのほうが高いのかも知れませんが・・・。
スキンシップは過剰だと思います。
秋本がああですから・・・。
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拍手[11回]


「ねぇ、歩。今夜のご飯なんだけど、秋山君のところで食べない?」
ぼくより帰りが遅かった母さんは、相変わらず秋本の名前を間違った。
「母さん、秋山じゃなくて秋本だから」
「そうそう、秋本君のところ『おたやん』。これからあるものでご飯作ってもいいけど、お母さんまだ秋本君のところでご飯食べたことないのよね~」
「べつにいいけど……」
そういえば、母親と一緒に『おたやん』に行った事はない。たしか二年の文化祭でロミジュリをやった時に、秋本のお母さんと隣同士でいるのを見かけたから、面識はあるようだけれど……。
「秋本君のお母さんにもまた会いたいわ。ちょうど昨日かぼちゃのプリン作ったのがあるのよ。あ、でも今の時間お店込んでるかしら……」
そういうとチラリとぼくを横目で伺う。
「……わかったよ。ちょっと電話して聞いてみる」
ぼくは仕方なく電話の子機に手を伸ばした。
コールが一回、二回、三回。
込んでいるかなと思った四回目のコール音とともに回線はつながった。
『はい、おたやんです』
出たのは同級生の秋本貴史。つい三時間ほど前に分かれたばかりの友人の声だった。
「あ、おれなんだけど……」
『あゆむ~! なんやもう寂しくなったんか、おれも寂しかったで。愛、ささやいてやろうか?』
「ばか! 何でおれが寂しくなるんだよ」
『愛してるで歩、おまえだけや』
低く渋い声にトーンを変えながら、秋本は電話口でささやく。
「アホ、マジで愛ささやくな!」
秋本との会話は大体こんな感じだ。ボケる秋本にぼくがツッコむ。そんなリズムがいつの間にか出来上がってしまうので、いつもぼくは苦労している。
「愛をささやく?」
不振そうな母親のつぶやきを耳にして、ぼくはあわてて秋本に店の様子を尋ねた。
「あ、秋本、今店込んでる?」
『ん、あ~ぼちぼちってとこかな。常連さんとかやから、抜けられないことも無いで、用事か?』
「いや、母さんが夕食おまえんところで食べないかって言い出して。込んでたら悪いかなって」
『なんや、そんならそうと早く言え。ばっちり予約席作っとく。おかん、座敷一つ予約入れといてや』
秋本のお母さんの「あいよ」の声が遠くで聞こえた。
「わるいな、あと十分位したらそっち行くと思う」
『おう、まっとるで』
「んじゃ」
ぼくは受話器を置いた。後ろで聞き耳を立てていたはずの母は、すでに外出の準備に取り掛かっている。
電話での秋本のテンションを考えると、ぼくはとっても先行き不安だった。
秋本は呼びもしないのに、何度もうちに遊びにきているから、うちの母親もそれなりに面識がある。
しかし、いつもすぐにぼくの部屋で話すことが多く、今のような会話にそれほど免疫が無い。
おとなしく店の手伝いをしていてくれればいいけれど、あの男が黙々と仕事をしているとも思えない。
どこまでフォローできるだろうか……。
ぼくは一つため息をついてから、上着を取りに部屋に戻った。



ラップをかけたプリンを持って、ぼくたちは『おたやん』の暖簾をくぐった。
「いらっしゃ~い」
秋本親子の声がユニゾンした。
「おじゃまします」
母が早速持ってきたかぼちゃプリンをおばさんに差し入れる。
「まぁ、すみません。いつもいただいてばかりで。ごちそうになります」
「どうぞ召し上がってください。この間は焼肉のたれ、ありがとうございました。とってもおいしかった」
「あんなんでよければ持ってって下さい。今日はおいしいお好み焼き食べてってくださいね」
話の弾む親同士。ぼくは秋本が用意してくれていた座敷のほうへ移動した。
店はカウンターに常連らしき人が三人、座敷に家族連れが一組。秋本は今帰ったばっかりといった感じに散らかった、となりのテーブルの片付けを始めていた。
「歩、リクエストあるか?」
「ん~、何でもいいけど」
「そうか、今日はおかんめちゃ張り切って「歩君スペシャル」作る気やぞ」
「ははは、楽しみだね。それより、さっきみたいなのやめろよな」
「さっきって? 愛のささやき?」
秋本は鉄板をへらできれいにしながら、手早く机を水拭きする。堂に入った手さばきだ。
「わかってるなら聞き返すなよ。母さんの前ではやるなって言ってんの」
「なんや、ええやん。ホンマのことやし」
お盆に皿からごみまで山盛りにすると、一気に洗い場まで持っていく。
そうやって、働いててくれると助かるんだけど。
そんなことを心の中でつぶやいていると、ようやっと母が座敷にやってきた。
「お客さんいるのに、話し込んじゃったわ」
「いいんじゃない、おばさん楽しそうだったし」
「あら歩、いいこと言うじゃない」
「そらどうも」
「歩、何にするかもう決めた?」
「うん。いつもおばさんが作ってくる「歩君スペシャル」」
「なにそれ」
目を丸くして母はメニューを確認した。
もちろんのっているはずは無い。おばさんの特別メニューだからだ。
「それ、何が入ってるの?」
「いろいろ、日によって中身が違うんだ。この間はわかめとか餅とか鶏肉とかも入ってた」
「わ、面白そう。お母さんもそれにしよう」
いつになくはしゃぐ母親を見て、なんとなく肩の力が抜けていくような感じがした。
母さんが楽しそうにしていると、なんだかホッとする。
次に秋本が座敷に戻ってきたときには、お盆の上に小高い山がふたっつできていた。
「こっちがお母様用のスペシャルで、こっちが歩君用スペシャル」
てんこ盛りの器を見せてから、秋本は鉄板に火を入れた。油を引き、へらで伸ばす。あったまってくると秋本は生地を一気に流し込んだ。
「秋本君ありがとう」
母が鮮やかな手さばきに感動していると、秋本はさわやかスマイルで調子よく答えた。
「いえいえ、大事なお客様ですから。このプロのシェフにお任せください」
「あぁ、いいよ。あとおれやるから、仕事にもどんなって」
秋本の手からへらを奪おうとしたが、さっと交わされてしまった。
「なんや、せっかく決めたのに冷たいやないか」
眉毛を八の字にして抗議する秋本。だが、やはり最初が肝心。このまま秋本に居座られてしまったら、追い返すのが一苦労だとぼくは思った。
「はいはい。わかったからさっさと貸して」
ぼくは再び秋本に向けて手を差し出した。
「ぼい」
ぼくに手に乗っかったのはへらじゃなくて秋本の手。ぎゅーっと握って離さない。
「あ~き~も~と~」
「まぁまぁ、いいじゃない。歩の分もおねがいするわ」
ぼくが爆発する前に、母に先を越されてしまった。
あぁ、せっかく秋本を仕事に戻すチャンスだったのに……。
秋本は目を輝かせた。
「喜んで。あっ、お母さん座布団もう一枚どうです?」
早速始まってしまったいつもの会話に、ぼくは頭を抱え、母は笑いをこらえるのに必死だった。
秋本はぼくの分も生地を鉄板に敷き、脇でイカ焼きを作り出した。
「お母さん。うちお好み焼き屋ですけど、このイカ焼きもなかなかのもんですよ~」
秋本は、表面がみるみる赤くなるイカをひっくり返しながらしゃべった。
「イカ焼きが旨いのは知ってるけど、なんでお前が母さんのこと「お母さん」って呼ぶんだよ」
さっきからうちの母親を「お母さん」と連呼する秋本に、ぼくは恐る恐る探りを入れてみた。
「歩のお母さんやろ。ならおれにっとっても「お母さん」や」
「うあぁ、なんか今すごく先が読めてきた」
秋本はまたくだらないことを言うつもりだ。きっとそうだ。
「そうか、読めたか。つまりうちのおかんも、歩のおかんや。入籍はどっちにしてもええけど、歩君うちの嫁に来る?」
やっぱり……そうきたか。予感的中。
こうも的確に先が読めると、少々不安になる。秋本の思考回路が読めてしまうなんて、またマンザイコンビへの道を一歩踏み込んだことになってしまうではないか。
「あ、そらええわ。歩君うちの子になる? お好み焼き食べ放題よ」
おばさんが、野菜と肉を盛ったかごを持って話に加わった。
そうくると、むげに断りにくい。ぼくは返答に困った。
「おかんもええこと言うやん、歩うちに嫁に来い」
「あたしも歩君みたいなかわいい子、息子に欲しかったわ~。髪さらさらで、お目目ぱっちりで、うちの図体でかいのとは大違いやわ」
そう言ってぼくにウインクをくれる。
ぼくはかろうじて笑顔を保ちつつ、となりで鉄板の面倒を見ている秋本のひじをつついた。
おばさん、今日はめちゃくちゃテンション高い。
「あら、それなら秋本君がうちに来てもいいのよ。うちならお菓子食べ放題」
今度は負けじと母さんが秋本を誘惑する。
「あ、そら魅力的や。歩、おれおまえんとこに嫁にいくは」
「なんで嫁なんだよ」
「入り婿でもええで」
「だから、な・ん・で、そうなるんだよ、もぉ……」
もう、こんな会話いい加減にして欲しい。
がっくりと肩を落としたぼくに、秋本の大きな手がぽんぽんと背中をたたいた。
「まぁ機嫌直せや歩。ほれ、焼けてきたで」
鉄板はいよいよいい香りをかもし出し始めている。
秋本のへらが香ばしい色に染まったお好み焼きをひっくり返した。
「あ~、おいしそう」
香りをかいだ母さんが感嘆の声を上げた。
「うん、旨そう」
「イカ焼きはもうできましたよ。少し塩味ついとりますけど、お好みでマヨネーズつけてください。歩はマヨいるやろ」
「うん」
頷く傍からイカを皿にとりわけ、マヨネーズをたっぷりかけてくれる。
そう、こいつはぼくの味の好みまで把握している。
熱々のイカ焼きに息を吹きかけていると、おばさんが母さんの前にビール瓶とコップを置いた。
「これはサービス」
「まぁ、ありがとうございます」
「やっぱイカ焼きにはビールやわ。あ、奥さん飲まへん人やったかしら?」
「あんまり強くないんですけど、ビールくらいなら大丈夫です。頂きます」
「そら、よかったわ」
母さんがお酒を飲むところを、ぼくは久々に見た。まだ父さん生きていたころ、晩酌に一杯だけ付き合っていたっけ……。
あの頃は、姉も一杯だけと限定してビールをもらっていた。それを見てぼくも一口もらったけど、ビールは苦くて、どこがおいしいのか良くわからなかった。
そう、あの頃いた父さん、姉さんは、もういない……。
ぼくが物思いにふけっていると、秋本の手が肩に乗った。秋本はいつもタイミングよくぼくを現実に引き戻す。
「歩は酒飲むほう?」
「え? 家じゃ飲まないからわかんない」
「ふ~ん、そっか」
「……、なんだよ」
「おれの周りみんな飲むヤツばっかやから。ああ見えてあいつら飲もうと思えばジョッキ二杯はいける」
「あいつらって?」
「メグとか蓮田とか高原とか」
「って、みんな未成年じゃないか」
ぼくは少し声を潜めた。向かい側では母とおばさんが世間話を始めている。
「まぁ、硬いこと言うなや」
まぁ、ぼくら中学生になれば家で一杯もらったり、好奇心で飲んでみたりするやつはいると思うけど、萩本や高原までもとは驚きだった。
「あ~、おれも腹減ったわ。おかん、おれ晩飯にしてもええ?」
「キャベツ一玉切って、洗い場たまってんの終わったんならええわ」
「うっす。歩、足一本くれ。腹鳴りそう」
「これ、意地汚いで貴史!」
おばさんの鉄拳がビシリと秋本のおでこに決まる。
「って~……」
「アホ、いたいのはうちの方や。ほんま石頭やわ~」
手をひらひらさせて、息を吹きかけるまねをするおばさん。秋本の性格は、おばさんの遺伝の影響が大きいのかもしれない。
「あゆむ~、赤くなってへん?」
「ちょっとだけ赤い」
「ふーふーしてくれ」
「やなこった」
さっそく甘えてくる秋本に冷たく返す。学校でならノリで、そのまま息を吹きかけてやらないでもないが、今は母さんもおばさんも見ている。そうそう秋本のきわどいボケに付き合っていられない。
「んじゃ、一口」
そう言って秋本は口をあける。
ぼくは仕方なくイカの足を一本箸でつまんだ。
「ちゃんとふーふーしてな」
リベンジとばかりに、再び息を吹きかけさせようとする秋本。
母さんの前では控えろと言ったぼく言葉は、秋本の記憶からはきれいに抹消されたようだった。
「もうそこまで熱くないし」
「ええやないか、おれ猫舌なんや」
「うそつけ、そんなこと言ってるとやらないぞ」
「あ、待った。うそです、すんません。だからはい、あ~ん」
数秒間を置いてから、ぼくは秋本の大きい口にイカを突っ込んでやった。
「ん、サンキュ」
秋本はカウンターの中へ戻っていった。
それを見届けて正面に顔を戻すと、母さんとおばさんがぼくを凝視していた。
「え? な、何?」
「いや、別に。仲いいのね~」
「ほんま、そこいらのカップルよりラブラブやわ」
「ラブラブ……」
ぼくは思わず箸を取り落とすところだった。そんなふうに見えていたなんて、なんたる不覚。
「あ、あれは餌付けです! そのうちなんか芸でも仕込もうかと思って」
顔が赤くなるのを感じながら、ぼくはなんとか苦しい言い訳をした。
「そらええわ。ビシバシしこんだってや、歩君」
おばさんが豪快に笑い声を上げてくれたおかげで、なんとかその場が和んだ。
ちょうどお好み焼きが焼けたので、話題がそれる。
「いっただきまーす」
「あつっ、けど美味しい」
初おたやんの母さんは、ふっくらしたこのお好み焼きが気に入ったようだ。自分が料理をするものだから、なにげに母は味にうるさいところがある。
ぼくも湯気の立つ熱いお好み焼きに息を吹きかけて、一口かぶりつく。
「ん、旨っ!」
「よかった~。そー言ってくれんが一番嬉しいわ~。そんなら歩君、お母さんもゆっくりしたってね」
おばさんはぼくにウインクを一つ残し、カウンターの中に入っていった。
それと入れ替わるように秋本が出てくる。
「ふ~、やっと夕飯や。ご一緒させてもらってもええ?」
こちらが答えるより先に、秋本は自分の豚玉を鉄板に敷き始めている。
「答え聞く前にもう居座る気まんまんじゃんか」
「ジュリちゃん、今日はホンマ冷たいわ~」
「何いきなりロミオになってんだよ」
二年の時に文化祭でロミオとジュリエットをやって以来、たまに秋本はボケるときにぼくをジュリちゃんと呼ぶ。
「ぼく、ジュリちゃんとの結婚資金ためるためにがんばって働いてんねんで。少しはいたわってや」
「はいはい、よくがんばってますね~。でも、おれお前とは結婚できないから」
「なんやて、ひどい! ひどいわ! あたしと結婚するて約束したやん」
「してないし。っていうか、おまえ言葉遣いまたオネェになってるし」
「なんも問題あらへんやん。あたし女やもん」
 しなを作る秋本ロミオ。
「いや、ロミオは男だろう」
「あら、そうやった?」
「それより、もうそろそろ焼き加減いいんじゃない?」
「そうやな、はよ豚のっけな」
秋本が豚を広げて乗っけ始める。
目の前に座る母さんが、たまらず口を押さえて笑い出した。
「お、おかしい。……あなたたちいつもそんなテンポで会話してるの?」
ぼくは秋本と顔を見合わせた。
「あ~、……いつもってわけじゃないけど」
「いつもこんなんですわ。みんなに笑いを提供するのがおれらの使命やもんな」
がしっと肩を組まれる。
「アホ……、はやくひっくり返さないと焦げるよ」
「おっと、あかん。よっ!」
くるっときれいにひっくり返す。秋本がお好み焼きをひっくりかえして、外に飛び散ったり、崩れたりしたところを、ぼくは見たことが無い。さすがお好み焼き屋の息子。
「ふふっ、秋本君といるときの歩って、けっこうしゃべるのね」
母さんはビールを飲みながら目を細めた。少し目元が赤い。久しぶりに飲んで、酔いが回ってきたのかもしれない。
「秋本がボケ倒すからしょうがなく、だよ」
ぼくはお好み焼きをぱくつきながら答えた。
「なんせ相方やからな」
秋本が付け加える。
豚から出た油がじわっと出てきて、生地にしっとりなじみ、鉄板で小気味いい音を立てている。
「そうだ、今年の文化祭はどうなの?」
「三年は任意の参加だから、クラスによっても違うし……」 
ぼくは横に座る秋本を見上げた。
「そうやな、クラス代わってもうたからロミジュリ再びってわけにはいかんしな」
「あら、そうだったの? あなたたちあんまり変わらないから、てっきりまた同じクラスなのかと思ってたわ」
「別のクラスだよ。学校で会うのは、帰りとか昼休みとかかな……」
「ある意味二年の時とおんなじや」
「そういわれてみれば、そうかも……」
ぼくはイカ焼きの最後の一切れを口にほおばった。
秋本は出来上がったお好み焼きに、ソースとマヨネーズ、青海苔と鰹節をたっぷりかけている。
「なぁ、歩。もしリクエストがあったら、おれら飛込みで前座とか……」
「やらないからな!」
ぼくは秋本に最後まで言わせなかった。この話題は危険だ。秋本は本気で、またぼくを舞台の上に引っ張り出そうとするだろう。秋本の押しは強い上にしつこい。なんらかんらいって結局押し切られてしまう自分が目に浮かぶようで、ぼくは身震いした。
「まぁ、受験もあるしな。時間が許せばっちゅーことでどうや?」
「だめったらだめ。おれ頭悪いから」
「そんならおれ教えたるわ。そんなに頭良くないけど、得意科目なら何とかなるやろ。だからな、いっしょにマンザイ……」
「マンザイはや・ら・な・い!」
ぼくは節をつけて秋本にくぎをさした。
それが又おかしいのか、母は横を向いて笑いをこらえている。
「かぁさん、なに笑ってんの」
「お、おかしいんだもの。きっと学校でもあななたたちこんな感じなのね」
ハンドバックからハンカチを取り出して目にあてがう。
ぼくははっとした。今、一瞬母さんが泣いているように見えたからだ。
「笑いすぎてお化粧崩れちゃった。洗面所どこかしら」
「あぁ、そこまっすぐで暖簾くぐって右です」
「ありがとう」
母さんはハンカチを持ってうつむいたまま、暖簾をくぐっていったが、泣いてはいなかった。単になみだ目になっていただけなようだ。
「ええおふくろさんやな」
豚玉を大口でかぶりつきながら、秋本がポツリと言った。
「そう……かも」
自分の母親を褒められたのは初めてだった。そしてそれを肯定したのも初めてかもしれない。
「歩がおふくろさん大事してるの、ようわかるわ」
「そっか?」
 ぼくはお好み焼きの最後の一切れを口に含んだ。
「その大事な人が、おれらの会話で笑ってくれるのって、気持ちええと思わん?」
秋本と視線が合った。穏やかな暖かいまなざし。
いつも不思議に思うのだが、秋本は絶妙なタイミングでぼくを誘惑する。
「うん……ちょっと気持ちいいかも」
ぼくは素直に頷いくしかない。こんなとき秋本にはかなわないなと思うのだ。
「せやろ? なら、またマンザイ一緒にやろうな」
まじめな顔でつぶやく秋本に、ぼくは少し戸惑いながらも、こう答えた。
「……いつかな」
いやだと言い切ることはできなかった。
秋本は嬉しそうにぼくに寄りかかってくる。
「素直やないな~歩は」
「重いぞ秋本」
ぼくは体重では絶対にかなわない秋本の体を、ぐいぐい押し戻すことで、この話題から離れようとした。
ぼくは秋本の押しに弱いところがある。だからこのままではきっと流されて、マンザイコンビ復活の約束をしてしまうかもしれない。
それだけは回避せねば。
「おまえの方がでかいんだから、おれがつぶれたらどうすんだよ」
「あかん、そりゃ困るわ。歩、この豚玉一緒に食おうな。ほら口開け」
秋本は熱々の豚入りお好み焼きを、一口大にへらで切り分けると、箸でつまんでぼくに突きつけた。
白い湯気の立つ熱そうなお好み焼き。
そのままかぶりつけば、舌をやけどするのは確実だった。
仕方なく息を吹きかけて冷ましていると、ちょうど食べごろなそのお好み焼きは、秋本の口の中に納まってしまった。
「あ、せっかく冷ましたのに!」
「さっきふーふーしてくれなかったからな~」
そんなことを言ってにやりと笑う。
むかつく。
「あ~そうですか。お前を信じたおれがばかだったよ」
そっぽを向いて口を尖らせると、またもや秋本はぼくの前にお好み焼きを持ってくる。
「今度はマジやから、ほれあ~んしてみ」
「アホ。カップルじゃないんだから、そんな言い方やめろよ」
「ええやん。ほら、おれが冷ましたるから」
上に乗っかる鰹節が飛ばないように息を吹きかけて、再度豚玉がぼくの前に現れる。
「ふん、もういらないよ」
「そんなこと言うなよ、イカゲソのお返しやって。ほれ」
ぼくはソースの少し焦げた香ばしいにおいにつられて、秋本の箸にかぶりついた。
口に入ったお好み焼きは程よく冷めて、口一杯にふわっと旨い香りが広がった。
うん、やっぱり王道な豚玉。豚の油が中の野菜に絶妙に絡んで美味しい。
「……あなたたち、なにやってるの?」
いつの間にか戻ってきた母さんが、真顔でぼくたちを見つめていた。
ぼくはまだ、お好み焼きを食べさせてもらっている最中で、秋本もまだ箸を戻していなかった。
つまり、まるで恋人同士が食べさせあいっこをしている様に見える構図のままだったわけで……。
「べ、別になんも! さっきイカの足やったから、その見返りに豚玉一口もらってただけ」
「ちゃんとふーふーして、冷ましてから食べさせましたんで、息子さんの舌はやけどしてません」
ほがらかに付け足す秋本の腕を、ぼくはひじで思いっきり突っついた。
「いたっ。暴力反対やで」
「余計なこと言うなよ!」
「ホンマのことやないか」
「いいから、おまえ腹へってたんだろ? 早く食べておばさんの手伝いしろよ」
「へいへい」
なんとか秋本を食に走らせ落ち着くと、ぼくは恐る恐る母親を伺った。とくに何事もなく、残りのお好み焼きを平らげているが、何もしゃべらないので心中は計り知れない。ある意味不気味だ。
沈黙に耐えかねて、ぼくは話す糸口を探した。ちょうどメニューの載っているプラカードが目に入ったので、それを手に母さんへ話しかける。
「あの~、母さん。食後のデザートでも食べない? ぼくアイス食べたいかも」
すると、母の関心はメニューに移った。
「あら、アイスもあるの」
「うん。三種類だけどね。ぼくバニラって決めてるんだけど、母さん選んだら?」
ぼくはホッとしながら母にメニューを渡した。
「そうね~、……抹茶にしようかしら」
「まいど。抹茶とバニラね」
いつの間にか食べ終わっていた秋本が、使い終わった皿などを抱えて、そのまま厨房に引っ込んでいった。
「秋山君、なんらかんらいって働き者ね。ちゃんとお店手伝って……しっかりしてる」
食べ終わった箸を元に戻して母さんがつぶやいた。
「うん。秋山じゃなくて秋本だけどね」
「あ、そうだった」
さっきまでちゃんと「秋本」だったのに、また「秋山」に戻ってる。一日に一度くらい、常に間違うことがあるけれど、ここに来て今日は二度目だ。頬も少し赤みがかって見えるので、だいぶ酔いが回ってきたのかもしれない。
秋本が持ってきてくれたアイスを食べているとき、団体のお客さんが入ってきた。団体客は八名ほど。
ぼくと母さんは早々に席を立つことにした。
「あら~、お構いもできませんで。またきてくださいね」
おばさんは、ちょうど注文が入ってきてしまったので、厨房から抜けれらないでいた。変わりに秋本が見送りに出てくる。
店の外は暗く、少し肌さむい。空気が澄んでいるのか、星が良く見えた。
「秋本君ご馳走様、お邪魔したわね」
上着の前を止めながら母さんが言った。
「いえいえ、いつでもいらしてください。おかんも喜びます。本当は家まで送って行きたいとこなんですが、ちょっと忙しくなっちゃったもんで、すんません」
「いいのよ、気を使わないで」
「そうそう、プリンありがとうございました。あとで美味しく頂きます」
「あんまり日持ちしないと思うから早めに食べてね」
「ご馳走様です。歩、また明日な」
「おう。それじゃぁ」
別れの挨拶とともにきびすを返す。
先に歩き出す母さんの後ろにつこうとしたとき、後ろから腕をつかまれた。
何事かと振り返ると、目の前が急に軽い衝撃とともに真っ暗になった。
秋本に抱きしめられているのだと気づくのに、ぼくは数秒かかった。
「ば、バカ。な・なっ・何やってんだよ秋本!」
ぼくがパニクっておろおろしていると、秋本はさらに腕に力を入れてきた。
「あんま大きな声出すと、おふくろさんに気づかれる」
「うっ……」
そうだった、傍に母さんがまだいるはずだ。こんな場面見られたら……。
「こら、秋本。離せよ、母さんに見つからなくても他の人に見られるだろうが」
ぼくは小声で講義した。
「大丈夫、歩の顔は見えてないから。それに今私服だから、顔が見えなければ女の子にも見えるし」
「そういう問題じゃない! いい加減にしろよ」
「今充電中なんや。これから団体客の相手すんのよ、あたし。ぐっすん」
秋本は鼻をすするようなしぐさをして、大きく深呼吸する。
あぁ、こいつも疲れているのかもしれない。ふとぼくは思い直した。
ぼくと違って、秋本は毎日店の手伝いをしている。ぼくがのんびりテレビを見ているときも、団体客で忙しく働いていたりするのだ。
「あ~はいはい。がんばれよ」
ぼくは引っぺがそうとしていた腕を、秋本の腰に巻きつけた。逆にぎゅーっと、こっちから抱きついてやる。
まぁ、ちょっとぐらいなら充電してやってもいいかなぁ~、なんて思ってしまった。
「あ、あゆむ?」
秋本の腕が不意に緩んだ。
その隙をついてぼくは秋本の腕の中から抜け出した。
「はい充電終了。そんじゃ~明日、学校でな!」
恥ずかしくて顔がほてるのがわかる。ぼくは秋本を振り返らずに、まだ気づいていない母親の華奢な背中を追った。
「歩?」
走ってきたぼくに気づいて母さんが振り返る。
「どうしたの?」
「靴紐がほどけてたから、結んでた」
ぼくは弾んだ息を整えながら、スニーカーを指差した。
「そう。声をかけてくれればよかったのに」
「うん、そうだね。さっ、帰ろっか」
母を抜かしてぼくは先立って歩く。
空を見上げると、ちょうど月が真正面にあった。星たちと同様、くっきりはっきり見える。
「明日の天気は晴れかな……」
「そうね、朝の天気予報では明日も晴れだったわ」
うしろからのんびりした声で母さんが言った。そして続ける。
「歩、今学校楽しそうね」
「えっ、……あぁ。うん」
ぼくは少し身構えた。人より少し、学校に対していい思い出ばかりじゃないからだ。
「秋本君、いい子ね」
「……うん」
母はそれきり口を閉ざした。ぼくも黙って家まで歩調をあわせて歩いた。
今度の沈黙はちっとも苦にならない、穏やかなものだった。



「今日は久々に笑ったわ~」
家の帰り着くと、母は満足そうにあくびをかみ殺した。
ぼくはリビングで伸びている母親をそのままに、風呂の準備を始めた。
秋本に触発されて、「今日は母さんをいたわってやりたい」と思う心がぼくの中に生まれていたからだ。
「あら珍しい。今日は気が利くのね」
母さんは水を飲みながらぼくをひやかす。
「たまにはね」
それだけ返して部屋に戻る。
上着をハンガーにかけてつるし、ベットにねっころがった。
おたやんに食べに行くと決まったときは、どうなることやらと不安に思ったが、結局のところハプニングはあったものの、母と行って良かったなと思う。
涙が出るほど笑ってたし、おばさんとの話も盛り上がっていたみたいだし……。
明日学校に行ったら、秋本になんかおごってやろうかな……。
目を瞑ってそんなことを考えていたら、いつの間にかぼくはそのまま眠りの中へ落ちていった。



ぼくは夢を見ていた。
スポットライトに照らされた小さな舞台が目の前にある。そこに颯爽と派手なジャケットを着た秋本が現れる。そしてぼくを手招きするのだ。
『なにやってるんや、はようこっちこいや』
スポットライトへ向かって歩き出す秋本の後ろを、ついていこうとしたとき、ぼくの足は、光の和の手前で固まってしまった。どんなにがんばってもびくとも動かない。
そんなぼくを振り返って、秋本は手を伸ばしてくる。
『なんや、また緊張して動かれんようになったんか』
そういうと力任せに腕を引っ張り、ほっぺたに軽くキスをする。すると不思議と固まっていた足が一歩前に出た。
『さ、歩。今日もどど~んと、会場中笑わせたろぅやないか』
スポットライトめがけてまた一歩、足が前に出る。まぶしい光がどんどん近づいてきて、あっという間に光に飲みこまれた。
あまりにまぶしくて目をつぶると、秋本がぼくの手を握ってくる。
『歩、大丈夫や。おれがいてる』
あぁ、いつも秋本が言う言葉だ。秋本はぼくを裏切らない。そぼにいる。
そうぼくに、なんども秋本は暗示をかけた。
なにバカなこと言ってるんだよ。そう思うのにどこか救われている自分がいて、ぼくはついその声に聞き惚れてしまう。
ぼくは閉じていた目をそっと開こうと思う。ちょっとづつ、緊張しても、困っても、秋本に答えたい。
夢の中のぼくはそう思っていた。
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初めまして!

  • by 縁
  • URL
  • 2008/06/13(Fri)15:54
  • Edit
初めまして!!
妖怪アパートの同盟さんから来ました、縁ですv
凄く好きなジャンルの小説で・・・
妖怪も、MANZAIもどっちもすきなんです><
もう、心のオワシスを見つけた感じです(笑い
妖怪アパートは、4冊目しか読んでなくて;;
今5冊目の初めぐらいなんですよ!
千晶先生がちょうど出てきた所なんですッ!!!
私的には、長谷×稲葉なんですけど・・
早く5~6巻が見たくてしょうがないです!!!

小説面白かったですv
良ければ、私のブログに、リンク張ってもいいでしょうか?
何回でも来ますッv更新頑張ってください><

Re:初めまして!

  • by あみや都
  • 2008/06/17 23:15
緑さん初めまして。
コメント返しが遅くなってしまい申し訳ありません。
本館のBBSには書いたのですが、ちょっといろいろあってネット落ちしていました。
ようやくつないだらコメントが!楽しんでいただけたようでなによりです。
私は1巻から8巻までぶっ通しで読んでしまったので、後半に出てきた千晶センセのインパクトがでか過ぎてついつい千晶×稲葉に流れ気味に……。
がんばって長谷×稲葉も書きますね。
リンクの件、都庵(ここ)にはバナーがないんで、本館のYOROZU進化論のほうで貼っていただけますと幸いです。ここのブログは小話の更新しかしないので、今回みたいに更新が止まるときは本館のBBSにお知らせが載ります。
以下本館アドレスです。リンクの頁でご確認くださいませ。
http://www.miwako-s.sakura.ne.jp/yorozu/

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